二、三十年前から、様々な体の不調に「自律神経失調症」と診断される方が急増している。その症状は、人によって様々であり、典型的な例を挙げることは困難であろう。1人の人が、あまりに多くの症状を同時に訴え、不定愁訴症候群、などという名前まで生まれてしまっている。つまり、いろんな症状が出たり引っ込んだり、雲をつかむような病態である。しかし、その中で、ひとつの症状が突出して、しかもそれが日常生活を普通に営めないほどに固定悪化してしまうことがある。中には、十年、二十年と好転せず、生きる望みさえ失われつつある場合も少なくない。
中でも当院に通院される方が増え始めている疾患に、過敏性腸症候群、手掌多汗症がある。これらの疾患に対して、病理的にどういった方向で定義していくのか議論の余地はあるが、当院での治療はあくまで自律神経の調整を目的としており、しかも、それで一定の効果があがっているので、これらを消化器内科の、また皮膚科の疾患として捉えるのではなく、あくまで自律神経の不調と捉えるべきと考える。ただ、これらの症状に苦しむ方々は、過去に何らかの心的外傷を負っていることが多く、それに関しては心療内科の範疇に属することになるが、心の問題が体へ影響を及ぼし、それが自分ではどうにもならない症状であるからには、やはり自律神経の調整は不可欠である。普通私たちの心と体は、密接に相関関係を形成しているのであるが、治療の目的はむしろ、その相関を切り離すことを目的とし、細かな情動の影響に動じないように、自律神経の機能を正常化することを目的とする。
ただ、このように書くと、東洋医学の特性を無視した書き方をしていることに気付かれるだろう。東洋医学は、個々の病状を、西洋医科学的に科に分類することはしないからである。従って、当院での治療において、東洋医学的にはもちろん、経絡における気の流れを重視した全身治療となるが、西洋医学的には各種自律神経節への刺激を行い、その相乗効果をもって効果を上げていこうとするのが狙いである。
1・過敏性腸症候群
原因不明の腸疾患である。下痢型、ガス型、それらの混合型の3つに大別される。下痢やガスは、誰もが経験する事であり、周囲からは、更には家族にも「なんだそれくらい」と思われたりして、理解されがたいことがこの疾患の改善を更に妨げる。いずれにしても、通常では考えられないくらいガスや下痢症状が頻発する。例えば、日に数十回おならが出ることを想像してみるとよく理解できる。女性には特に多大なストレスが加わり、外出拒否、対人恐怖、うつ、といった様々な副次的症状が続発する。
また、ガスの多くは飲食などの際に一緒に飲み込まれる空気が主な正体であり、そういった観点から呑気症と言われることもある。換言、ガスが出ることではなく、空気を飲むことに視点をおいた表現であるが、ガス型の患者にその点を観察してもらっても、それほど飲んでいる自覚がないことが多い。従って、ガス型が改善されていく時には、無意識的に空気を飲み込まなくなっている可能性もあるが、本人の自覚がないので、判断は困難である。
今まで数人ではあるが、本症の治療例がいずれも良い経過をたどっているので、ここで報告する。治療方針は、いずれも星状神経節及び腹腔神経節へのスーパーライザー照射及び東洋医学的な鍼灸治療である。
症例1・24才、男性、アメリカ
初診時に「Sensitive Intestine Syndrome(過敏性腸症候群の英名)」との事。来日(4ヶ月前)以来、食習慣の違い、様々なストレスで発症。発症当時は混合型及び下腹部痛。下痢はビオフェルミンの服用で鎮静化。初診時はガス型に変化していた。毎食後1時間あたり十回を越えるガス。食事が怖く、2ヶ月で5kgの体重減少。発症から日が浅い(約4ヶ月)事もあり、治療3回で、食後のガスが約3回(/時間)に激減し、腹痛も改善。あまりの早さに、本人はかなり喜んでおられた。その頃、薬剤をビオフェルミンからサルファ剤に変えたこともあり、その後良好となる。
・この患者さんは、発症から日が浅いことと、油ぬきの食事を実行され、鍼治療と薬剤で改善された。しかし「ビオフェルミン」は英語では「バイオファーマン」というらしい。スペルを見ると、確かに!
・この神経節へのスーパーライザー照射は、時として予想を遙かに越える効果を発揮する。それは、本症だけではなく、後で述べる手掌多汗症においても同様である。
症例2・25才、女性、事務職
<病歴> 中学時代にガス型が発症。大きな病院を受診するも「空気を飲んでいるだけ」と治療無し。高校時代に腸ファイバースコープ検査、胃カメラ検査で異常なし。その後、薬局で漢方薬を服用し、症状半減するも、持続せず。医院で呑気症、気滞症とのことで漢方薬処方されるが2週間で体調不良となり中止。他院で腸内洗浄を行うが効果が持続せず。心療内科を受診し抗うつ剤服用も、効果無し。
<症状>食欲はあるが胃もたれが激しく少食。ガスがたまると背部痛。便は太さ2cmくらいの短い物が切れて出てくる。ガスが出ないときはしゃっくりが出て止まらなくなる。治療開始した頃は治療中もしゃっくりがしばしば出現していた。生理の周期に合わせて顕著に症状が変化する(生理前と排卵期に悪化)。ガスは、多いときは日に三十回以上。またガスを我慢すると、まわりに聞こえるほどの大きな腹鳴がある。
これらの症状が毎日とぎれることなく存在するので、公共の交通機関に乗れない、仕事が苦痛、デートが出来ないといった状況で、心理的なストレスは計り知れない。
<現況>治療開始から約1年が経過している。症状の小さな波、大きな波がありながらも徐々に良好となり、現在、初診時に比し、症状は半減。しゃっくりは完全に消失。まだ完全とは行かないまでも、何をやっても効果が続かなかったので、徐々にではあるが快方に向かっており、デートも出来るようになり「人生の希望が見えてきた感じ」と喜んでくださっている。
2・手掌多汗症
これも、原因不明で、手のひら(及び足の裏)で極度に発汗し、握手出来ない、紙類を触れない、手で触れた物がすべて濡れてしまう、といった状況が大きなストレスになる。興奮したときには「手に汗握る」と言われるように、掌における汗腺は情動で発汗するが、この場合そういった情動とは全く無関係に、もしくはあまりに些細な情動で、大量に発汗する。症状が重い場合には、普通にしていても汗がしたたり落ちる、とか、パソコンのキーボードカバーの上に水たまりが出来る、というレベルに達する。
この症状に関しても、複数の患者さんの治療を行っているが、改善までの期間に個人差はあっても、いずれも効果を実感して頂いている。
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